【書評】バルセロナで豆腐屋になった
去年読んで、「これは面白かったな」と記憶に残っていた本があります。岩波新書から出ている、清水建宇さんの「バルセロナで豆腐屋になった ー 定年後の一身二生奮闘記」。
昨日、あらためて読み返してみました。印象としては「鼓舞されつつ自分のこれからについて、少し考えが進む」タイプの本。簡単に書評というかネタバレにならない程度に感想を書きたいと思います。
本のあらすじは、元新聞記者の清水さんが、定年後に準備してバルセロナで豆腐屋を開業、開業後の諸々も綴った話。具体的に、そして理想化されないリアルが描かれています。
岩波新書というと、少し構えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、この本はエッセイに近く、とても読みやすいです。難しい歴史解説や理論があるわけではなく、経験が色濃く綴られています。
清水さんは新聞社時代、事件
取材を長く担当されていましたが、ある日アートの取材でバルセロナを訪れます。そこでこの街をとても気に入り、定年後に住むことを決めたそう。理由が印象的で、街が美しいことや、食事がおいしいこと以上に、「異国人として奇異な目で見られず、街に溶け込んでいるように感じた」ことが大きかったといいます。
この感覚は、私にもなんとなくわかります。バルセロナには、色んな国籍の人がいて雰囲気がメトロポリタン。「あなたはあなたで大丈夫です」と言われているような空気があります…(個人の印象です)。。
定住を考えたとき、清水さんが問題にしたのは「食」でした。当時はアジア食材があまり手に入らず、日々の生活を考えると不安が残ったそう。そこで出てきたのが、「じゃあ、自分で豆腐屋をやればいい」というマリーアントワネットも横転の発想でした。これ、文章にすると軽やかですが、実際にはかなり大胆な選択だと思います。
周囲にもそれを宣言し、清水さんは60歳で会社を辞め、退職の際に同僚にTengo sesenta años(私は60歳です)と言って退職したというエピソードも印象的。
その後は、スペイン語学校に通いながら豆腐屋で修行し、現地で物件を探し、機械をそろえ、法律事務所に相談するなど、やるべきことを一つひとつこなしていきます。夢を追うかっこいいものというより、ここは「考えたことを現実に落とし込んでいく作業」に近いように感じました。でもそれを取りこぼしなくやることで着実に夢を形にしています。
本書では豆腐作りの描写も印象に残ります。これは完全に職人の世界で、感覚に頼る部分が多く、技術の習得・継承がいかに難しいかが伝わってきます。油揚げの製造話などは、「あんなに簡単に棚に並んでいるのに、そんな作るのに大変なのか」と思わず驚きました。
もやしも売りたいという理由で、茨城まで製造装置を見に行くエピソードも出てきます。このあたりから、清水さんは「行動力がある人」というより、「考えた夢を放置しない人」なのだと感じました。
読みながら何度も、「自分が60歳になったとき、ここまでパワーがあるだろうか」と考えました。でも同時に、年齢関係なく「やると決めてからの姿勢や日々の努力」のほうが重要なのかもしれない、とも思います。
また、この本で印象的なのは、人とのつながり。修行先の豆腐屋の方がさらなる修行先の人を紹介してくれたり、語学学校のクラスメイトがバルセロナで料理(弁当製造)を担ってくれたり、立ち上げのときには日本にいるときに相談していた人も駆けつけてくれたり。
奥様とふたりで始めたはずの挑戦が、いつの間にか多くの人に支えられていることが伝わってきます。一生懸命な人の周りには、自然と手を差し伸べる人が集まるのだと、静かに教えてくれる、そんな気がしました。
そして、読んで欲しいのがあとがきがとても心に残ります。「もしもバルセロナで豆腐屋にならなかったら、私の後半生はどうなっていただろう。」この一文から始まる部分は、静かですが、長く余韻が残ります。
「心穏やかな日常はある意味大切かもしれないけれど、全く違う人生後半戦を生きようとするのはまさにアドベンチャー。苦労は山ほどするけれども、それでも冒険し甲斐がある。なぜなら大勢の友人に得られたからで、たくさんのことを教えられ、学び、喜びを分かち合うことができたから。それはまさに宝物」と言った旨を清水さんは仰っています。
私は現在、副業としてオンラインスペイン語教室を運営しています。本業だけを続けていれば、未来はある程度予測できる。大きな波風も立たないでしょう。しかし、副業と言えども本気で別のことに向き合ったからこそ、生徒様や先生と想像していなかった出会いが生まれましたし、まさに日々宝物をもらっています。
この本は、「何かを始めなさい」と強く背中を押す本ではありません。ただ、読み終えたあとに「人生100年時代。自分はこの先、どう生きたいのだろうか」と、少し考えてしまう。そんな一冊です。


